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福岡地方裁判所小倉支部 昭和28年(ワ)421号 判決

門司市大里東原町一丁目

原告

矢野齊士

外五名

右六名訴訟代理人弁護士

諫山博

門司市大里三、三五三番地

被告

岡野バルブ製造株式会社

右代表者取締役

岡野正実

右訴訟代理人弁護士

白川慎一

藤本正德

右当事者間の昭和二十八年(ワ)第四二一号解雇無効確認請求訴訟事件について、当裁判所は次のように判決する。

主文

原告らの請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告が原告らに対して昭和二十五年十二月八日附でなした解雇処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。即ち「被告岡野バルブ製造株式会社(以下会社と略称する。)は、門司市大字大里三、三五三番地に本店を有してバルブの製造販売を業となし、原告らはいずれも昭和二十五年十二月七日まで被告会社の従業員として雇傭され、被告会社の従業員で組織する全日本金属労働組合福岡支部岡野バルブ分会(以下組合と略称する。)の組合員であつたところ、被告会社は昭和二十五年十二月八日附で、原告ら全員を何ら理由を明示しないまゝ解雇した。

しかしながら本件解雇は左の理由により無効である。

第一、当時はマックアーサー書簡に基くレッド・パージの流行した時代であり、被告会社の原告らに対する解雇も、右書簡に便乗したレッド・パージではないかと思われる点がある。しかりとすれば、本件解雇は労働者の信条を理由にした解雇であるから、憲法第十四条第一項、民法第九十条、労働基準法第三条に違反するものである。

第二、原告らに対する解雇が、右の如く信条を理由としたものでないとすれば、原告らが解雇当時及びその以前に熱心な組合活動家であつたことが解雇の原因になつたものとしか考えられない。しかりとすれば、本件解雇は憲法第二十八条労働組合法第七条に違反するものである。

第三、本件解雇の手続は、被告会社と原告らの所属する組合との間に締結され、解雇当時効力を有していた労働協約第六条並びに被告会社の従業員就業規則に違反している。労働協約第六条は組合員の解雇に関しては組合と協議して民主的且つ公平に行うことを規定し、就業規則第五十九条第四項はこのことを確認している。しかるに本件解雇の一般的基準については会社と組合との間に極めて形式的・名目的な交渉がもたれただけで、協議という名に値するほどの交渉はなされず、原告ら各個人の問題については何らの交渉も協議もなされなかつた。

従つて前二項の主張が容れられないとしても、本件解雇は労働協約第六条並びに就業規則第五十九条第四項の規定に違反するものである。

以上により明らかなように、被告会社の原告らに対する解雇は違法、無効であるから、その無効確認を求めるため本訴に及んだ。」

次に被告の、原告らは任意退職をしたものとの主張に対し、「原告らは昭和二十六年一月頃昭和二十五年十二月八日附を以つて退職願を提出し、被告会社の規定に基く退職金、解雇予告手当の外、特別退職金、社長餞別金等全部を受領しているが、これは任意退職を認めたわけではない。右退職金等の受領については、原告ら全員で協議し、会社は赤字を装つて給料も遅配勝ちであり、又四十日間もストをしたゝめ原告らの生活は非常な困窮状態にあり、ストが終つたとはいえ現状のもとでは直ちに復職できる見込みもないので、やむをえず受領することになつたのであり、会社は退職願を提出しなければ退職金等を支給しないといい、又原告らは失業保険金を貰う手続をするため、やむなく退職願を提出して右退職金等を受領したのである。しかしながら、右退職金等を受領するにあたり、「本件解雇については何らの異議並びに訴訟はしないとの附加契約」をしたことはなく、又領収書の末尾にその旨を記載したこともない。

なお、当時福岡地方裁判所小倉支部に繋属中であつた昭和二十五年(ワ)第七四二号解雇無効確認並びに就労妨害排除請求事件、同年(モ)第二三七号仮処分異議事件、同年(ワ)第七六四号妨害予防請求事件が、いずれも被告主張の日時頃取下げられているけれども、これは当事者間に和解が成立したとか、解雇を承認するということを理由にしたものではない。結局当時の情勢から原告らの目的達成は不可能であり、このまゝ訴訟を繋属しても徒労であると考えられ、且つ被告会社からも右訴を取下げなければならないような状態に追込まれたので、不本意ながら取下げたのである。」と陳述し、立証として、甲第一号証ないし第六号証及び同第七号証ないし第十二号証の各一、二を提出し、証人冨永茂、中村吉雄、藤重千代一の各訊問を求め、乙第二号証の一ないし六、同第四号証の一ないし四、同第五号証の一、二、同第六号証の一ないし六はいずれもその成立を認め、(なお、右乙第四号証の二に原告樺山隼夫外五名とあるは本件原告ら六名のことで、乙第四号証の三に矢野齊士外五名とあるも本件原告六名のことである事実を認める)同第三号証の一ないし六は否認、同第一号証は不知と述べた。

被告訴訟代理人は主文記載同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。即ち

「被告会社は、門司市大字大里に本店を有してバルブの製造販売を業とし、原告らがいずれも昭和二十五年十二月七日まで被告会社の従業員として雇傭され、同会社の従業員で組織する全日本金属労働組合福岡支部岡野バルブ分会(以下組合と略称する。)の組合員であつた事実、原告らが同年十二月八日附で従業員たる資格を喪失した事実、労働協約第六条、就業規則第五十九条第四項に原告らが主張するような規定が存した事実を除き、その余の原告ら主張事実は全部否認する。

そもそも原告らは、共産党員又はその同調者として、その抱懐する共産主義思想に基いて常に職場その他において煽動的破壊的言動をなし、企業の円滑な運営を阻害混乱せしめ、ひいては企業の社会的使命の遂行を困難ならしめるのみならず、遂にはその存立すら危うくするに至る虞れがあつたので、企業の防衞上これを排除するのやむなきに至り、その決意をせざるを得なくなつた。よつて被告会社は、就業規則第五十九条(現行第六十条)第五号の「事業の都合上やむをえないもの」として、同条末項(組合員の解雇については組合と協議する。)及び労働協約第六条(会社は分会員の雇傭、解雇、異動、昇格、休職、賞罰等に関しては分会と協議して民主的且つ公平にこれを行う。)に基いて組合と協議をつくした上、昭和二十五年十二月五日原告らに対し、「同月八日までに退職申出をするときは依願退職として取扱う。同日までにその申出がない場合は、同月九日を以つて解雇する」旨通告したが、退職の申出がなかつたので、原告らはいずれも同月九日解雇となつたものである。

しかしながら、組合及び原告らは右解雇に異議ありとして、

(イ)  昭和二十五年十二月七日組合及び原告らから解雇無効確認並びに就労妨害排除請求の訴訟を福岡地方裁判所小倉支部に提起し、同庁昭和二十五年(ワ)第七四二号事件として繋属した。

(ロ)  一方被告会社は原告らに対する事業場への立入禁示の仮処分をその頃同裁判所に申請し、同庁昭和二十五年(ヨ)第二二三号事件として立入禁止の仮処分命令があり、これに対して原告らから異議申立がなされ、同庁昭和二十五年(モ)第二三七号事件として繋属した。

(ハ)  なお、右仮処分の本案訴訟として、被告会社から原告らを被告として妨害予防請求の訴を提起し、同庁昭和二十五年(ワ)第七六四号事件として繋属した。

右四件共その争点はいずれも本件解雇の有効無効にあつたのであり、原告らが右各事件で解雇無効を主張する理由は、本件で原告らが主張するところと殆んど同一のものであり、被告が解雇を有効と主張する論拠も何ら異るところはなかつた。

ところが、右各事件進行中、組合及び原告らと被告会社との間に右解雇に基く紛争の処置について折衝がすゝめられた結果、昭和二十六年一月中、

(イ)  原告らは昭和二十五年十二月八日附で退職願を出し、被告会社は同日附で原告らが依願退職したものとして取扱うこと。

(ロ)  被告会社は原告らに対し解雇手当金、普通退職金、特別退職金、特別退職金と同額の社長餞別金(この和解により被告会社が追加支給することに譲歩したもの)を支給すること。

(ハ)  組合及び原告ら並びに被告会社は、原告らと被告会社との雇傭関係の完全な消滅を相互に承認し、爾後この雇傭関係の消滅について訴訟は勿論何らの争いをもしないこと。

(ニ)  前記各訴訟事件は、この和解を理由として双方取下げをなすこと。

等全部について完全な合意が成立し、かくて双方完全にその履行がなされてその争いは将来に向つても一切終結した。しこうしてその後二年半何らこのことに関して双方共紛議等生ぜしめたことなく、相互に安定した秩序は維持継続されてきたものであつて、原告らは各独立の事業を営み或いは第三者との雇傭関係に入つている状態である。

これを要するに、原告らは被告会社を円満退職し、原告らと被告会社との雇傭関係は双方の合意により終了消滅したものであつて、原告らは本件解雇の効力を争う権利を有せず、今日に至り事を構えて解雇の無効を主張する如きは、継続的人格信頼関係を基礎とする雇傭関係をあまりにも軽視し、信義に違背するものといわなければならない。」

立証として、乙第一号証、同第二、三号証の各一ないし六、同第四号証の一ないし四、同第五号証の一、二、同第六号証の一ないし六を提出し、証人冨永茂、中村吉雄、被告代表者岡野正実の各訊問を求め、甲第一、二号証、同第四、五号証、同第七号証ないし第十二号証の各一、二はいずれもその成立を認め、同第三号証及び第六号証は不知と述べた。

理由

被告岡野バルブ製造株式会社(以下会社と略称する。)はバルブの製造販売を業とし、原告らはいずれも昭和二十五年十二月七日まで被告会社の従業員として雇傭され、同会社の従業員で組織する全日本金属労働組合福岡支部岡野バルブ分会(以下組合と略称する。)の組合員であつた事実は当事者間に争いがないところである。

しこうして成立に争いのない甲第一、二号証、同第五号証、同第七号証ないし第十二号証の各一、二、乙第二号証の一ないし六、同第四号証の一ないし四、同第五号証の一、二、同第六号証の一ないし六及び証人冨永茂、中村吉雄、藤重千代一、岡野正実の各証言並びに右各証言により真正に成立したと認むべき乙第一号証、同第三号証の一ないし六を綜合すれば、次のようなことが認められる。

即ち「被告会社は昭和二十五年十一月初旬頃に至り、会社の経営秩序、職場秩序を紊乱破壊し、或いはかような行為を煽動し、更には会社復興のための生産計画その他業務の運営につき著しく非協力的態度に出てその正常な運営を阻害し、従業員を煽動して事の是非如何に拘らず日常茶飯事の如く反対のための反対をする、」一部従業員を企業防衞の立場から排除して会社の生産及び経営の秩序を回復することを決意し、まず全従業員につき右基準に該当する言動の有無を調査し、多年に亘り累積したこれらの言動につき現場管理担当者の長年月に亘る報告意見及び会社幹部の実際に見聞したところ、その他一切の資料を綜合検討した結果、原告らを基準該当者と判定し、同人らを企業内から排除するのやむなきことを決定した。しかしながら、なるべく会社の措置を納得して依願退職(法律的には雇傭関係の合意による終了)をしてもらうため、依願退職者には法規所定の解雇予告手当及び会社規定による退職金の外に特別退職金等を加給することゝして、昭和二十五年十二月五日附の各個人宛通告書を以つて、原告らに対し合意による雇傭関係終了の申入れをなし、同月八日までに右申入れを承諾して退職願を提出するよう勧告し、同日までに依願退職を受諾した場合には、解雇予告手当の外退職金及び特別退職金を支給すべき旨、及び若し同日までに退職の申出なきときは、同月九日附を以つて、右通告書を辞令に代えて同日解雇予告手当、退職金を提供した上解雇する旨停止条件附解雇の意思表示をなし、右通告は翌十二月六日原告らに到達した。なお、一方被告会社は十二月五日組合と団体交渉をなし、その席上社長より今回の解雇の趣旨、前示解雇基準、同基準該当者(原告ら)の氏名、同該当者に退職してもらわねばならなくなつた理由等を詳細説明した外、原告ら各本人に対しては、所属部課長を通じてほぼ同様の説明をなし、併せて円満退職(依願退職)を勧告した。右団体交渉の席上、原告ら中矢野齊士、樺山隼夫、池田広二、古家行利の四名が交渉委員として出席していたことゝて反対の発言活溌であり、会社側は交渉の混乱を避けるためまず今回の解雇理由とした前示基準を原則的に組合側に承諾させた上で具体的な問題の協議に入ろうとするに対し、組合側交渉委員はそのようなものはいないからかゝる基準につき協議の要なしという態度で、解雇それ自体に真向から総括的に反対する態度を示したので、交渉は冐頭から波乱をよび、前後約六時間を費してなお且つ妥結の見込みがなかつた。その後、団体交渉の場所につき会社と組合の意見一致せず、会社側は、当時原告らに対して裁判所の後記仮処分決定による立入禁止命令が発せられたので、原告らを加えての団体交渉ならば社外で開く、社内での団体交渉ならば原告らが出席することは仮処分命令の趣旨に反するからその出席を見合わせられたいと主張し、組合側はこれに対し、原告ら全員を交渉委員に含めて社内において団体交渉をなすべき旨を主張して互に譲らず、このため団体交渉は中絶したままとなつていた。かくして会社が退職願提出期限として指示した十二月八日は経過してしまつたが、原告らは退職願を提出せず、退職金等も受領しなかつたので、会社は十二月九日附を以つて、原告らに対し解雇通知書を発送した。なお、その間、組合及び原告らは右解雇に異議ありとして、被告会社を相手方とし福岡地方裁判所小倉支部に対し本件解雇無効確認並びに就労妨害排除請求の訴訟を提起し、同庁昭和二十五年(ワ)第七四二号事件として繋属し、一方被告会社は原告らに対する事業場への立入禁止仮処分を申請し、同庁同年(ヨ)第二二三号事件として立入禁止の仮処分命令があり、これに対し原告らから異議申立がなされ、同庁同年(モ)第二三七号事件として繋属、なお右仮処分の本案訴訟として、被告会社から原告らを相手方として妨害予防請求の訴を提起し、同庁同年(ワ)第七六四号事件として繋属した。しかしながら、その後組合側は譲歩して社外における団体交渉を承諾したので、原告らの解雇問題及び組合の越年資金要求をめぐつて再び団体交渉が開かれたが、結局翌昭和二十六年一月十四日に至つて、組合執行部は予て会社から示されていた妥協案を受諾することに決し、原告らを説得した結果、原告らもやむを得ずとしてこれを承認したので、原告らを除き組合執行委員全部と会社側の代表者出席の上、「会社は原告らが昭和二十五年十二月八日附で退職願を提出し依願退職することを条件として、さきになした解雇の意思表示を撤回し、原告らが前記通告書に記載された十二月八日附を以つて依願退職の承諾をなしたものとする。従つて前示通告書並びに組合への申入書に記載した法規所定の解雇予告手当、会社規定による退職金及び会社がさきに十二月八日までに依願退職(雇傭関係の合意による終了)した場合でなければ支払わないことを明示した特別退職金を原告らに支給する外、新たに右特別退職金と同額の社長餞別金を支給する旨」を記載した協定書に双方の代表者が署名捺印し、原告らもこれを受諾した。(右協定書は翌十五日の組合大会で承認され、その上で調印された。)よつて原告らは二、三日後の一月十七、八日頃何らの異議を留保することなく退職願を会社に提出し、同月二十二、三日頃前記協定書通り、法規所定の解雇予告手当の外、会社規定による退職金、依願退職(雇傭関係の合意による終了)の場合のみ支給することを会社が明示した特別退職金及び前記協定により新たに支給することとなつた社長餞別金を何らの異議を留めずして受領した上、「爾後退職に関して何らの異議又は一切の訴訟をなさないことを申添えます。」と附記した領収書を提出し、なお原告らは退職に伴う諸給与を受領するため会社に赴いた際、原告ら中、池田を除く他の五名は社長に対し、いろいろ紛争を重ね面倒をかけたがこれで全部解決したので将来何かと援助を望む旨の挨拶をなして辞去し、その後原告らは昭和二十六年二月三日に至り、福岡地方裁判所小倉支部に提訴中であつた解雇無効確認並びに就労妨害排除請求事件の本案訴訟及び右解雇に関する仮処分異議申立事件につき、一方会社は同年四月二十三日に至り同裁判所に提訴中であつた妨害予防請求事件につき、いずれも同裁判所に「今般示談解決したので取下げ致します」と記載した各取下書を提出し、それぞれ相手方の同意を得てこれを取下げたのである。しこうして原告らはそれより二年半の間会社に対して退職につき異議を述べるとか、或いは復職の要求をしたこともなかつたところ、昭和二十八年六月に至つて突如本件訴訟を提起したものである。

もつとも原告らは、昭和二十五年十二月八日附を以つて退職願を提出し退職金等を受領しているが、これは任意退職を認めたわけではなく、又前訴訟事件を取下げたのは、当事者間に和解が成立したとか、解雇を承認するということを理由にしたものではない、と主張するが、いずれもかかる事実を認むるに足る証拠がないので採用することはできない。

以上認定の事実によれば、原告らが当初会社の条件附解雇通知に対して不満であつたことは充分察し得られるけれども、結局原告らと被告会社との雇傭関係は前記協定に基く合意によつて終了していることは極めて明白であるから、解雇のあつたことを前提とし、その無効確認を求める原告の本訴請求は、爾余の判断を俟つまでもなく失当としてこれを棄却しなければならない。よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項を適用して主文のように判決する。

(裁判長裁判官 中村平四郎 裁判官 橋本淸次 裁判官 斎藤次郎)

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